旧高田村大新開の土手地にある荒神社には、興津日子神・興津日売神・宇気母智神の三神が祀られています。この神社は山や野・海を守り、また竈の守護神でもあり、村人たちから「荒神さん」と呼ばれて崇敬されています。
ところが、そのお社が現在地に落ち着くまでに、過去三回も遷宮がありました。つまり昔から安住の地が定まらない神様で、転々と移り住んでいたということです。それで村人たちは「腰の据わらん荒神さん」と呼んでいました。なぜ三回も遷宮があったのかその理由はわかりませんが、年代順にあげてみると次のとおりです。
○正徳五年(一七一六) はぎわら 荒神の森(西能美島寺社古跡覚帳)
○宝暦二年(一七五二)〜寛政四年(一七九二)
八嶋 荒神社 壱社(佐伯郡高田村萬指出帳)
○明治四十二年(一九〇九) 光泉寺の薬師堂の境内 荒神社 壱社
(広島県の神社合祀の指示による)
○昭和二年(一九二七) 高田村大新開土手地(官有地) 荒神社 壱社
(高田村役場の援助によって建立)
現在地に神殿・拝殿を建てて荒神さんをお遷しした日は、田植えが終った「泥落とし」の休日だったので、境内や沿道に屋台店が並ぶなど大変な賑いで、盛大な遷宮祭だったと伝えられています。氏子たちは
「このように盛大にお迎えすれば、荒神さんの腰が据わって、当分遷宮祭はないだろう」
と喜びましたが、
「いや、荒神さんの癖が治らんかぎりは、何度でも遷宮祭はあるじゃろうよ」
と言う人もあったそうです。
この荒神さんは、薬師さんと大喧嘩をした挙句に現在地へ遷られた、という話も伝えられていて、今に至るまで村人たちに親しまれ崇敬されています。
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