伝説13 村の起源・地名の由来

大黒神島を深江村と り合った話(沖美町)
 昔、まだ時計 もなく、鶏の鳴き声を夜明けの合図にしていたころの話です。
 ある 、大黒神島で大王村の人が畑を耕し、野菜を作ろうとしていたところへ、深江村の が通りかかりました。そして、
「うちの の土地にものを作るとは何事けぇ。この島はうちのもんじゃあないけ
 と い張りました。大王村の人も負けてはいません。
「わしは前々からここへものを りに来よるんじゃ。自分の所に作るのが、どしていけん。『早いもん勝ち』言うじゃあなぁか」
 と、 いが始まりました。深江村の人は、
「この は、うちの村の目と鼻の先にあるんじゃけえ、近い方のもんじゃ。遠くの者がそう うのはおかしなことじゃ」
 一方 、大王村の人は、
「ンニャ(いや)見てみい。この はうちの村の真沖にあるじゃあなぁか。あっちの村の者が、こっちにある島を自分 のものじゃ言うて、それこそおかしな話じゃ」
 お互いに言い分があって、どうしても ろうとはしませんでした。
 そこで、「用意ドン!」で競争して、 った方の島にしよう。一番鶏が鳴いたら舟を ぎ出して、先に島に着いた方の勝ちにする、という話がまとまりました。深江村では、鶏にしっかり鳴いてもらおうと、うんと を食べさせ、一方の大王村では、漕ぎ手が負けんように御馳走ごちそうを食べさせて、早く寝せました。
 さて、あくる 、腹を減らせた大王村の鶏は、いつもより早く一番鳴きを始めました。それを合図 に、大王村の漕ぎ手は「待ってました」とばかり一生懸命沖へ漕ぎ出しました。一方、うんと を食べてぐっすり眠った深江村の鶏は、二番鶏になってしまったのです。 れをとった深江村は大急ぎで舟を出し、懸命に漕いだので際どい勝負になりましたが、深江村の人たちが跳び下りた浜辺 には、すでに大王村の人たちの草鞋わらじが投げ捨てられていました。
 こうして、大黒神島は大王村 のものになったということです。
(伝承者 野間尊憲)