伝説14 村の起源・地名の由来

安徳天皇と王泊おうどまり(大柿町)
 王泊の対岸、音戸町ふじ乃脇のわきの波止場のほとりに、「若宮さん」と呼ばれるほこらまつられています。そのかたわらの石碑に、次のような由来が記されています。
「文治元年(一一八五)源平の戦いの 、平氏は幼少の安徳天皇(当時八歳)を奉じ屋島から壇ノ浦へくだる途中、この地(藤乃脇)の対岸、能美島王泊の松島に行在あんざいしょが設けられた。この時、旅の疲れを慰めるためにと、藤乃脇に御来遊されたと伝えられている。後、天保十三年(一八四二)住民は、悲運の天皇をしの び石塔を建立 する。平成四年二月吉日」
 私(山野菊夫氏)が十五歳の頃の王泊にはまだ松林が残っており、海岸にはあしかやがたくさん生えていました。「若宮さん」の碑文を読んで、私は子どものころに から聞かされた話を思い出しました。
「われは、よう いとけよ。この王泊はのう、昔、安徳天皇が泊まらっしゃったんじゃ。平家が屋島で源氏に負けてのう、壇ノ浦へ落ち延びる途中 、音戸の瀬戸を通ってこの王泊へ入りんさった。 が来んさったけえ『王泊』いう名がついたんじゃ。そいで、『大君』いう地名もついたんじゃ。すぐそこの流田ながれだ(地名)の山ん中には毘沙門堂があってノ、毘沙門さんを祀っとる。これも粗末 にはできんのじゃわいや
 また、音戸町の角戸松男氏からお りした「藤乃脇の『若宮さん』」と題する資料には、次のような記述がありました
「(略)一族共々音戸の瀬戸を り、能美島(現在の大柿町大君)の入江に仮泊するに至った。亡き祖父、また夫の偉業 を偲んでわざわざ寄り道をしたのかもしれないが、宮島 は平家一門にとっては特に縁浅からずである。その入江に仮の行在所を設け、数日滞在した模様 である。福原の御所恋しさに丘に登り、東方を見つめて涙した所が、後世『大君』と名づけられ、地名 になったのかもしれない。
 そして、寸時の遊楽 に小舟にて遊び訪れたのが、藤乃脇の『若宮さん』の社のある (対岸の大柿町王泊から約一キロ=編者注)であったのだろう。(略)幼帝が王泊に行在所を設けられた時、かしづいていた女官 が使用していたと伝えられる井戸が早瀬 のお宮の付近にあって、『美女の水』と呼ばれているそうである。」
(伝承者 山野菊夫。資料提供 角戸松男)
藤乃脇の「若宮さん」