旧高田村の湯田という所は、津久茂の瀬戸に面した海岸沿いの景色の良い所で、隣村との往来の要路でもあります。そこの海岸から約二〇メートル奥へ入った所に、少し高くなった岩場があって、冷たいきれいな清水が滾々と湧き出ている泉があります。
高田の福田順蔵さん〈明治四十年(一九〇七)生まれ〉がまだ子どものころ、お父さん〈福田伊吉氏・明治十年(一八七七)生まれ〉から、次のような話を聞かされたことがあるそうです。
「昔ゃあ、この湯田の水は冷やぁ水じゃあ無うて、湯が湧いておったんじゃそうな。村の者はみんなこの湯を大事にしとってのう、家へ汲んで帰ったら決して無駄にゃあせん、お茶をいれたり、煮炊きに使うたりしておったんじゃと。
ところが、ある日、よそから来た通りがかりの子ども連れの女子が、モツキ(おむつ)や汚れ物をこの湯で洗うたんじゃそうな。そうしたら、魂げたことに、今まで湧いとった湯がピッタシ止まって、冷やぁ水が湧き出して来たんじゃと。女子はビックリして、村の者に怒られる思うて、子を連れて逃げて行ったんじゃと」
この話を聞いて、順蔵さんがお父さんに、
「とっ捕まえて、シゴぅして(懲らしめて)やりゃあエかったに」
と言いましたら、お父さんが大きな声で、
「馬鹿ぁ言うもんじゃあ無あ。この話はのう、女子のしたことを責める話じゃあ無あ。村の偉ぁ人が、『みんなが使う物や、みんなが出入りする建物やなんぞは大事に使えよ。そうせにゃあ、みんなが大損することになるんドゥ』いうことを、村の者に教えてくれた話よ」と叱られたそうです。その時のお父さんの、怖いくらい厳かだった顔が目に焼き付いていて、「九十歳を過ぎた今でもよう忘れません」と順蔵さんは話してくれました。 |