むかし、小用に家が五、六軒、人は二〇人ぐらいしか住んでおらんかったころのことよ。山田いう所のある男が、山田から小用へ出とった友達の所へ遊びに来て、「久しぶりにタコでも捕りに行くか」いうて、籠を提げて海岸へ下りて行ったんじやそうな。そのころは、山には木が繁って、山裾は海岸まで延びていて、海もきれいで、どこでも貝や魚がたくさん捕れよったんよのう。
二人はたちまちタコを五、六匹捕って帰って、小用の友達の家でそれを茹でて、酒を飲みながら世間話をしているうちに、二人ともいい気分に酔うてしもうた。気がついたら、もう日が暮れて月が出ていたので、
「わしゃあ去ぬる(帰る)でぇ」
言うて、男はタコを一匹籠に入れて、峠へ向かって歩きだしたんよのう。ところが、身体じゅうがポカポカしてエエ(良い)気分だったもんじゃけえ、峠の天辺でひと休みしたら、ついウトウトして眠ってしもうたんじゃ。しばらくしてから冷たい風に目を覚ました男は、
――しもうたッ!
と思うて慌てて籠を持って、急いで山田の里へ帰ったんよのう。
あくる日は、陽が高くなったころに目を覚まして、
――さて、きのうの獲物のタコは。
と籠を覗いて見たら、タコはおらん。さてはと思うて、きのう寝込んだ峠まで行って四方八方を探してみたが、タコの姿はどこにも見えん。
――こんなイツ、どこへ逃げやがったんかのう?
と小用の海岸の方を見ると、松の木の根元に、何かゴミのような物が見えたんじゃげなよ。ようく見れば、なんとタコじゃあないか。
――こんなイツ、こがぃな所に逃げちょりやがった。
男はそのタコをつかまえて帰って、近所の人に自慢げに話したんじゃそうな。
それからのち、この峠を「蛸落とし峠」いうて呼ぶようになったんじゃと。 |