むかし、中村に喜助という漁師がいて、毎日沖合に出て漁をして暮らしていました。
ある晩のこと、いつものように舟を出して夜の漁に出かけました。この晩はどうしたことか、網を下ろすたびに、たくさんの魚が掛かってきます。あっちこっち方々に網を下ろして、魚を獲ることに夢中になっていました。
ふと気がついた時には、もう真夜中になっていました。
――こりゃあ、もう帰らにゃあいけん。
と思って舟を回したちょうどその時、水野元(中村の地名)の沖合に、何か白く光っている物が見えたんだそうです。舟を漕ぎ寄せて見ると、光る物は海の底の方にありました。そして、魚たちはその光を避けて通っているように見えました。喜助は網を入れてみました。すると、網はずっしりと重くなり、たくさんの魚が掛かったようでした。喜助は力を込めて、網をゆっくり引き揚げました。だんだん手繰り寄せていくと、驚いたことに、魚に混じって白く光る物が揚がって来たではありませんか。よく見ると、それは胡子神の木像だったのです。喜助はその木像をきれいに海水で洗って、舟の舳先に安置しました。そしてあくる日、喜助は水野元の山裾に祠を建て、胡子神を移してお祀りしました。
それからのち、地元中村の漁師はもとより他の村の漁師や大勢の人々が、豊漁の神様・幸せを授けてくださる神様として信仰するようになりました。この胡子神社は特に漁師の信仰が厚く、豊漁のお礼にお参りする人たちの足が絶えなかったということです。
この胡子神社は、明治初めの神社合祀政策により、中村の二宮神社に合祀されました。そして、胡子神があらわれた海岸一帯は「胡子潟」と呼ばれて、現在でも良い網代(漁場)になっています。 |