伝説 26 祠堂しどうの由来

中村の胡子えびすさん(能美町)
 むかし、中村 に喜助という漁師がいて、毎日沖合に出て漁をして暮らしていました
 ある のこと、いつものように舟を出して夜の漁に出かけました。この晩はどうしたことか、 を下ろすたびに、たくさんの魚が掛かってきます。あっちこっち方々 に網を下ろして、魚を獲ることに夢中になっていました。
 ふと気がついた時には、もう真夜中 になっていました。
――こりゃあ、もう らにゃあいけん。
 と思って を回したちょうどその時、水野元(中村の地名)の沖合に、何か白く光っている物が見えたんだそうです。舟を ぎ寄せて見ると、光る物は海の底の方にありました。そして、 たちはその光を避けて通っているように見えました。喜助は網を入れてみました。すると、網はずっしりと くなり、たくさんの魚が掛かったようでした。喜助 は力を込めて、網をゆっくり引き揚げました。だんだん手繰り寄せていくと、 いたことに、魚に混じって白く光る物が揚がって来たではありませんか。よく見ると、それは胡子神の木像 だったのです。喜助はその木像をきれいに海水で洗って、舟の舳先へさきに安置しました。そしてあくる日、喜助は水野元の山すそほこらを建て、胡子神を移しておまつりしました。
 それからのち、地元中村の漁師はもとよりほかの村の漁師や大勢の人々が、豊漁の神様・幸せを授けてくださる神様として信仰 するようになりました。この胡子神社は特に漁師の信仰が厚く、豊漁 のお礼にお参りする人たちの足が絶えなかったということです
 この胡子神社は、明治初めの神社合祀ごうし政策により、中村の二宮神社に合祀されました。そして、胡子神があらわれた海岸一帯は「胡子がた」と呼ばれて、現在でも良い網代あじろ(漁場)になっています。
(伝承者 小宇根達磨)