いつごろの話か知らんが、鹿川村の漁港の近くに貧相な格好をしたジッチャンがやって来て、「何か恵んでくれえ」言うて、家々を回って歩きよったんじゃそうな。ヨウ(よく)見りゃあ、そのジッチャンは、薄汚れたよれよれの着物を着て、腹の所に大きな袋を提げておった。 もともとこの辺りの人は人情が厚うてのう、自分はとても人助け出来るような楽な暮らしじゃあ無あのに、困っとる人を見りゃあ、ヨウ(よく)助けてあげよったもんじゃ。それで、このジッチャンが来ると、米一合あげるとか、銭一銭あげる家が多かった。中には御飯を食べさせる家もあった。それで、ジッチャンは毎日々々恵みを受けにやって来よった。それでも、村の人たちは嫌な顔をせずに毎日恵んであげよった。 ある日のこと、ジッチャンは御飯を食べさせてもらった後、その家の人に、
「わしゃあ、こんなに毎日、心の籠った施しを受けたのは初めてじゃ。このまま黙って去んで(帰って)は申し訳無あ気がする。何かみんなにしてあげたぁが、何が良かろうかのう」 と言うた。その家の人は、とっさには何も思いつかんかった。 そうしたら、ジッチャンが、 「ここらの人が一番オトロシイ(恐ろしい)と思うとることは、何か無あかのう」 と尋ねた。そこで家の人はハッと気がついて、 「そうじゃ。ここらは家がいっぱい建て込んでおっての、火事になりゃあすぐ家から家へ火が燃え移って、みんな焼け出されてしまう。火事が一番オトロシイよのう」 そうしたら、ジッチャンが、 「よっしゃ。それならお礼に、ここらが火事にならんように守っちゃる」 と言うて、家を出てどこかへ行ってしもうた。
それからというものは、この辺じゃあ大けな火事は今まで一遍も無あでよう。
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