世間話36 勘兵衛夜話

千石船せんごくぶね(第八話)
 勘兵衛さんが大須 に移住した享保十七年(一七三二)には目安箱投書の制が定められ、庶民の声がじかに将軍の に達するようになった。
 このころ江戸では、大岡越前守えちぜんのかみが「大岡裁き」で名判官はんがんぶりをうたわれていた。年表によると越前守は勘兵衛 さんより七歳ほど年上である。今度の話もまた力自慢である
 或る朝 の方がバカにさわがしいので勘兵衛さんは目をさました。海辺へ出てみるとどこかの藩船 らしい千石船が暗礁にのし上げていた。船子が七、八人海に入って船をおしている。船頭 は青くなって「早くしろ、潮がひくと船が沈没するぞ」とどなっている。その後では目を血走らせた身分の高いようすの武士が、「の積荷を沈めたら拙者は切腹だ。その時には貴様 ら一人残らずぶった切るぞ」と叫んでいる。船子たちは必死 で船を押すが足場が悪いので力がそろわない。さげ潮に船はますますかたむいて く。
 見かねた勘兵衛 さんは、
「みなの どかっしゃい。わしは勘兵衛だ」
 と言いながら に入って行った。
「エッ、勘兵衛。それではここは大須 だったのか」
 勘兵衛 のうわさを聞いていたらしく、船子たちは喜んでおかへあがった。船首に肩を てた勘兵衛さんは渾身の力をしぼって「ヤッ」とばかりかつぎあげた。
「ズルズルー」 はみごと岩からすべり下りた。
「ウワー」船子たちはおどり がって喜んだ。
「かたじけない勘兵衛 、拙者の恩人だ」
 武士は涙を流して を言った。
 うれしそうに出港する を見送っている勘兵衛さんのそばには、武士がお礼にと置いていった米俵が幾俵 もつみ上げられていた。