歴史物語5

幡神社の御神楽始め(能美町)
 享保年間 、鹿川村の農民で八幡神社の氏子だった義八の先祖が、一の鳥居の参道の右側にあった土地約一町 (約一ヘクタール)を社領に寄進したのだそうです。神社では大変喜んで、その褒美ほうびとして、秋祭りの御神楽始めを代々担当することを許しました。御神 始めというのは、秋祭りの開始を宣言する神楽で、これを担当するのは氏子にとって大変 名誉なことでした。
 鹿川 義八の子孫(のちには、鹿川の氏子)が、毎年秋祭りの前夜(宵祭り)に神社に参って、御神楽始めを行ないます。それが終 と、祭礼を取り仕切る当番村の氏子が神楽 を打って祭りを始めます。当番村といえども、鹿川より先に神楽を打つことはできません。たとえ鹿川 の神楽始めが遅れた場合でも、その到着をいつまででも待たねばなりません。それで、「鹿 が来なけりゃ、祭りが始まらん」と言われるようになりました。この慣習 は今日もなお続けられています。 
(伝承者 小宇根達磨)