戦後、昭和二十年(一九四五)十二月、進駐軍の改革指令によって選挙法が改正され、女性も初めて選挙で投票できるようになりました。そして、翌年四月十日の総選挙で、婦人参政権を初めて行使することになったのです。 ところが、その当時七十歳前後の、明治の初めごろに生まれたおばあさんの中には、漢字を書くことができない人もいました。だんだん選挙が近づいてきます。さあ大変です。若いお嫁さんが候補者の名前を紙に書いて、おばあさんに文字の練習をさせることにしました。おばあさんは選挙には関心が薄く、投票にもさして行きたくはありませんでしたが、政府のすることに逆らうと、戦争中のように罰を受けるかもしれない、そうなったら大変なことになると思って、お嫁さんが書いてくれたお手本のとおりに、字を書く練習をすることにしました。 春の海風が吹き通る縁側にミカン箱を持ち出して、その上にお手本の紙を置いて、さて練習に取り掛かろうとした、ちょうどその時、サッと一陣の海風が吹いて来て、ミカン箱の上に置いた紙を吹き飛ばしてしまったのです。
――ヤレ、一大事じゃ! と、おばあさんは庭へ下りて行きましたが、紙はクルクルとまわって、縁の下へ入ってしまいました。どこへ行ったのかと探していると、同じぐらいの大きさの、字が書いてある紙がみつかりました。
――これじゃろう。 と、その紙を拾って縁側へ上がり、おばあさんはその文字を一生懸命練習していました。そこへお嫁さんが帰って来ました。そして、おばあさんが練習している紙を見てビックリしました。家を出る時に書いて渡した紙ではなくて、なんと豚肉の缶詰のレッテルではありませんか。
戦争中、江田島には養豚場があり、呉の海軍工廠や軍港の艦船から餌(残飯)を運んで来て、豚を何百頭と飼って缶詰をたくさん作っていました。敗戦で海軍が無くなり、工場はつぶれたのですが、倉庫の中やその近くに缶詰のレッテルが散らかっていたのです。おばあさんがお手本にして練習していたのは、その缶詰のレッテルの文字だったのです。
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