世間話5 妖怪の奇異

もう三年 待ってくれ(江田島町)
 古鷹山系の北斜面を縫って流れ出る江田島一の長谷川ながたにがわ。その長谷川の下流に年々歳々、自然 に運搬される土砂のため相当豊かな江田島の平低地があり、生きんがために農作が唯一無二 の生業であった時代から、人々が集まり住んだであろう。
 切串きりくし大歳大明神は、これらの人々が深く強い信心から、農作物が豊かに実りますように、 や孫がいつまでも長生きして栄えますようにと祈る心から祭ったものであろう。その境内 に約四百年たつ、目通りの周囲が約四メートルもある大楠があ
 宮は足利時代からすでに小祠しょうしがあって御神体はなくとも神霊を祭っていたと思われる。その後、やや時を経て の形式が整ってきた。その長い四百年の歴史を、その大楠 は見て、聞いて、心に秘めていることであろう。
 今から 百五十年前、江戸時代のころである。百姓忠兵衛が、田に日陰する、一年に一度のお りや盆踊りの時邪魔になる、この神木を使って家の屋根板にすれば家が栄える等の理由で、盆を迎える前の七月ころ、大きなのこぎりを持って、
「おお、今日は楠さんらしてもらいますで。あなたはりっぱに役立ってもらいますので、お しくださいよ」
 と言ってきはじめました。そうすると、何か上の方の小枝や葉が、ガサガサと音がします。上を見 げてみると何も見えません。三回目で見上げると、鼻の高い、白い髪を長く垂らし、真っ赤な顔をした天狗てんぐが現れました。
忠兵衛 さん、忠兵衛さん。この楠を伐るのを止めてください」
めることは出来ません。村の人々の許しもとっています。稲作をつくるのにも、この大歳大明神 を祭る行事をするのにも、村の人々の家を建てる屋根板とし、栄えるためにも必要 なのです」
「それはわかります。それは、人間 が現在考えているせまい範囲の理由からです。先でわかります。 らないでください」
いこと待つことは出来ん。じゃ、この場は止めることにするが、何年すればよいので か」
「もう三年 待ってくれ」
  を持って帰り、村の人々にもこのことを言いました。みんなはしぶしぶ了承しました。月日 が経るのは早いもので、三年たちました。忠兵衛は早速伐りに出かけま た。
「待ってください。もう三年
 天狗が れました。
「三年という約束 だったでしょう」
約束 は確かにしました。三年と言わなければ止めそうになかったでしょう。あれから三年、この楠が迷惑をかけましたか。日陰 は少々あったでしょう。でもこの楠は、あなたにはわかりませんが、村の人の励ましにもなっているのです。大歳神社 には欠かせません。もう三年 待ってください」
 しかたなく、もう三年 待つことにしました。それ以来五回ばかり繰り返し、天狗がその 毎に出て来るし、邪魔にも思えなくなり伐るのを止めました。
 今では四百年たち、伐ろうとする声も出ず、初詣 でやお祭りなどの時には、大楠のたくましく愛情 ある姿に救われています。この物語を証明するように、今でも傷跡が見る人には えています。 

(角増渉編者『ふるさと江田島』。話者 鍵山博之・昭和三年生れ)