古鷹山系の北斜面を縫って流れ出る江田島一の長谷川。その長谷川の下流に年々歳々、自然に運搬される土砂のため相当豊かな江田島の平低地があり、生きんがために農作が唯一無二の生業であった時代から、人々が集まり住んだであろう。 切串大歳大明神は、これらの人々が深く強い信心から、農作物が豊かに実りますように、子や孫がいつまでも長生きして栄えますようにと祈る心から祭ったものであろう。その境内に約四百年たつ、目通りの周囲が約四メートルもある大楠がある。 宮は足利時代からすでに小祠があって御神体はなくとも神霊を祭っていたと思われる。その後、やや時を経て宮の形式が整ってきた。その長い四百年の歴史を、その大楠は見て、聞いて、心に秘めていることであろう。 今から約百五十年前、江戸時代のころである。百姓忠兵衛が、田に日陰する、一年に一度のお祭りや盆踊りの時邪魔になる、この神木を使って家の屋根板にすれば家が栄える等の理由で、盆を迎える前の七月ころ、大きな鋸を持って、 「おお、今日は楠さん伐らしてもらいますで。あなたはりっぱに役立ってもらいますので、お許しくださいよ」 と言って挽きはじめました。そうすると、何か上の方の小枝や葉が、ガサガサと音がします。上を見上げてみると何も見えません。三回目で見上げると、鼻の高い、白い髪を長く垂らし、真っ赤な顔をした天狗が現れました。 「忠兵衛さん、忠兵衛さん。この楠を伐るのを止めてください」 「止めることは出来ません。村の人々の許しもとっています。稲作をつくるのにも、この大歳大明神を祭る行事をするのにも、村の人々の家を建てる屋根板とし、栄えるためにも必要なのです」 「それはわかります。それは、人間が現在考えているせまい範囲の理由からです。先でわかります。伐らないでください」 「長いこと待つことは出来ん。じゃ、この場は止めることにするが、何年すればよいのですか」 「もう三年待ってくれ」 鋸を持って帰り、村の人々にもこのことを言いました。みんなはしぶしぶ了承しました。月日が経るのは早いもので、三年たちました。忠兵衛は早速伐りに出かけました。 「待ってください。もう三年」 天狗が現れました。 「三年という約束だったでしょう」 「約束は確かにしました。三年と言わなければ止めそうになかったでしょう。あれから三年、この楠が迷惑をかけましたか。日陰は少々あったでしょう。でもこの楠は、あなたにはわかりませんが、村の人の励ましにもなっているのです。大歳神社には欠かせません。もう三年待ってください」 しかたなく、もう三年待つことにしました。それ以来五回ばかり繰り返し、天狗がその度毎に出て来るし、邪魔にも思えなくなり伐るのを止めました。 今では四百年たち、伐ろうとする声も出ず、初詣でやお祭りなどの時には、大楠のたくましく愛情ある姿に救われています。この物語を証明するように、今でも傷跡が見る人には見えています。
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