大正十一年(一九二二)ごろ、私が小学校二年の時です。高田村では六月中旬から七月初めまでは田植えで忙しい時期でした。小学校は農繁休暇で、午前中三時間だけ授業をして、子どもたちを下校させていました。帰るとすぐに田へ出て、田植えの手助けです。 陣川という所で田植えの手助けをしていましたら、突然大風が吹いて来ました。と同時に、隣の田にいたおじさんが、 「天狗さんのお通りじゃあッ! 屈めッ、屈めッ!」 と怒鳴ったんです。屈んで見ていると、それはマイマイ風(小さな竜巻)で、九尺(約三メートル)の高さまで水を巻き上げ、渦を巻いて田の水面をサーッと北の方へ疾り抜けて行きました。しばらくして風がおさまってから、
「ヤーレ、オトロシカッタ(恐ろしかった)のう。今の風はノ、陣川の一本松から大新開の大松へ天狗さんがお通りになったんじゃ。みんな怪我が無うてエカッタ(良かった)のう」 と、おじさんが話してくれました。
そのころは誰もが、天狗さんのお通りの時には、地面に伏して体を低くしていなければ、天狗さんが罰をくだして怪我をさせる、と信じていたのです。 私がマイマイ風を見たのはこれが初めてでしたので、「あれが天狗さんのお通りというものか」と思いました。けれども、「天狗さんが本当におるんかのう」と不思議でなりませんでした。
大正十五年(一九二六)十一月ごろにも、マイマイ風が吹いたことがあります。学校の休憩時間に、高さ五メートルほどのマイマイ風が起こり、校庭の西側から東南の方角へ向かって、ポプラの落ち葉を全部巻き上げて走り去りました。それで校庭がいっぺんにきれいになったことがありました。その時も私たちは、天狗さんがお通りになったんじゃと思ったものです。
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